車載イーサネットの完全解説|次世代車載ネットワークを支えるケーブルとコネクタの完全ガイド

近年の自動車業界では、自動運転技術やADAS(先進運転支援システム)の進化に伴い、車両内でのデータ通信量が急激に増加しています。

高解像度カメラ、LiDAR、ミリ波レーダーなどのセンサーなど、大量のデータをリアルタイムで処理するため、高帯域幅・低遅延の通信ネットワークが不可欠となっています。

従来の車載ネットワーク技術であるCAN(Controller Area Network)やLIN(Local Interconnect Network)は、低速ながら高い信頼性を誇るものの、大容量のデータ伝送には対応が困難となっています。

この課題を解決するために、高速・大容量通信が可能な車載イーサネットの導入 が急速に普及しています。

本記事では、車載イーサネットの技術概要、用途、設計時のポイント、業界動向、関連する弊社コネクタについて詳しく解説します。

目次

イーサネット(Ethernet)の基礎知識

イーサネットは、コンピュータネットワークの中で最も広く使われている有線LAN(Local Area Network)の技術で、現在ではオフィスや家庭内のネットワーク接続の標準規格として広く利用されています。​

その信頼性と拡張性から、産業用ネットワークやデータセンターのインフラにも採用されており、通常RJ-45コネクタを代表とする4ペア、8つの信号ピンが使用されます。

 車載イーサネットとは?

車載イーサネット(Automotive Ethernet)は、車両内での高速データ通信を実現するために最適化されたイーサネット技術です。

従来のイーサネットとは異なり、車両特有の振動・温度変化・電磁干渉(EMI)に対応しつつ、軽量化・コスト削減を可能にするツイストペアケーブルを使用するのが特徴です。

車載イーサネットの特徴

 ・​大量のデータを高速かつリアルタイムに伝送可能

 ・1対のツイストペアケーブルで双方向通信が可能であり、ハーネスの軽量化とコスト削減に寄与​

 ・​自動車の過酷な使用環境(温度変化、振動、電磁ノイズなど)に耐える設計

これらの特徴により、車載イーサネットは自動車内の多様なアプリケーションに適用されはじめています。

 車載イーサネットの主な規格

車載用イーサネットの規格としては、OPEN Alliance(One-Pair Ether-Net Alliance) が策定する標準規格が広く採用されています。

OPEN Allianceは、自動車向けイーサネットの普及と標準化を推進する業界団体で、2011年に設立されました。

自動車メーカー(OEM)、半導体メーカー、コネクタ・ケーブルメーカー、Tier1サプライヤー などが加盟し、車載ネットワークの効率化、高速化、コスト削減 を目的としています。

車載イーサネットの物理層(PHY)、プロトコル、コネクタ・ケーブルの標準化を行い、IEEE 802.3規格(100BASE-T1、1000BASE-T1、10BASE-T1S など) をベースに、車載環境に適した技術仕様を策定しています。

OPEN Allianceでは、さまざまな技術領域の標準化を推進するため、技術委員会(TC) を設置しています。

その中でケーブルやコネクタに関する内容を扱う技術委員会は、TC2とTC9です。

 他の車載ネットワークとの比較

車載イーサネットの用途と利点

 車載イーサネットの主な用途

車載イーサネットは、自動運転や次世代車両の中核技術として、多くの用途で採用されています。

 ADAS(先進運転支援システム)、自動運転

LiDAR、カメラ、ミリ波レーダーのデータ伝送

車両周囲の高解像度画像・センサーデータをリアルタイム処理

 インフォテインメントシステム

高精細ディスプレイ(4K・8K)への映像配信

高音質オーディオストリーミング

 データロギング・診断システム

車両のセンサーデータをリアルタイムで収集・解析

リモート診断(OTAアップデート)を可能にする

 車載イーサネットの利点

車載イーサネットの設計・選定時の考慮点(ケーブルとコネクタ)

車載イーサネットの設計では、耐環境性に加え、通信速度・EMC(電磁適合性)・コストのバランスを考慮して、適切なケーブルとコネクタを選択する必要があります。

  ケーブルの選択

 UTP(シールドなしツイストペア)

 ・推奨通信速度:~1Gbps(1000BASE-T1まで推奨)

 ・メリット  :軽量・低コスト  

 ・デメリット :ノイズ耐性が低く(EMIの影響を受けやすい)、クロストーク発生の可能性あり

 ・推奨用途  :短距離伝送、ノイズが少ない環境

 STP(シールド付きツイストペア)

 ・推奨通信速度:1Gbps~10Gbps(1000BASE-T1以上推奨)

 ・メリット  :EMI耐性が高い

 ・デメリット :UTPに比べコストが高く、重量が増加

 ・推奨用途  :長距離伝送、EMI耐性が必要な環境

 SPP(シールド付きパラレルペア)

 ・推奨通信速度:10Gbps以上(10GBASE-T1以上推奨) 

 ・メリット  :低ノイズ・高周波信号伝送に適する

 ・デメリット :STPに比べコストが高く、設計の自由度がやや低い

 ・推奨用途  :超高速データ通信(データロギング・自動運転ECU間通信)

 ※今後10Gbps以上の高速通信が求められた際に適用される可能性があるが、現在は実用化されていない。

 ※UTP、STP、SPPのイメージ

 コネクタの選択基準

車載イーサネットの普及が進む中、適切なコネクタの選定が、通信の安定性・耐久性・EMC性能を確保するために非常に重要です。

コネクタの選定基準一覧

・EMC(電磁適合性)対策が施されているものを選ぶ
 車両内は様々な電子部品やモーター・インバータ等の強い電磁ノイズが発生する環境となるため、EMC耐性の高いコネクタを選ぶ。

高周波信号の伝送に適した設計のものを選ぶ
 車載イーサネットは、最大10Gbps以上の高速通信が求められるため、高周波特性の良いコネクタが必須。

耐環境性能(耐熱・耐振動・防水性)が確保されているものを選ぶ
 車両内は温度変化・振動・湿気などの影響を受けやすいため、堅牢なコネクタを選定することが重要。

将来の標準化を見据えたコネクタを選ぶ
 今後、車載イーサネットの標準コネクタとして採用される可能性が高いものを選ぶと、長期的な互換性が確保できる。

 ローゼンバーガーの車載イーサネット適応コネクタラインナップ

 H-MTD® : High-Speed Modular Twisted-Pair Data Connector

高速データ伝送(最大56 Gbps)、幅広い通信プロトコルにて「標準化」を可能とするコンセプトとなっており、将来の車両ネットワーク、アプリケーション、およびプロトコルに対応できるインターフェースコネクタ。

基板側コネクタを変更せずにUTP or STPケーブルの選択が可能で、100BASE-T1 ~Multi-Gig Ethernet (10Gbps)まで対応

 MTD®:Modular Twisted-Pair Data Connector

  100BASE-T1をターゲットとしたUTPケーブル専用の小型コネクタ。

  100Mbps、1000BASE-T1に対応

  RosenbergerHSD®t:High-Speed-Data connector

  従来のHSDコネクタインターフェースを使用し、1ライン用に最適化したコネクタ

  インターフェースを変更することなく、10BASE-T1、100BASE-T1、1000BASE-T1に対応

車載イーサネットの課題と解決策

 UTPケーブルの課題点1:EMCの問題

UTPケーブルはEMCの観点から、チャネル全体で非常に良好なバランスを必要とします。

車両に搭載したUTPケーブルは、隣接するケーブルや車両シャーシの金属部品など、周囲の状況によってバランスの低下が起こります。

この状況は、ノイズを受ける事による信号品質の低下、または高いエミッションノイズ発生により、別ユニットへ影響を与えてしまう可能性があります。

 UTPケーブルの課題点2:クロストーク問題

UTPケーブルが近接すると、強いクロストークが発生し、信号の干渉が増大します。

この影響を回避するには、ケーブル配策の制限、ケーブル間への追加でのスペーサーの導入、およびケーブル設置長の変更や最適化 などの追加対策が求められます。

車載イーサネット1000BASE-T1の搭載に関しては、UTPソリューションとSTPソリューションの比較検討が課題に上がる事が多いと思います。

UTPシステムはコストが低く抑えられる反面、EMCマージンが少なくケーブル配線に追加の対策が必要になる場合があり、ワイヤーハーネスの設計と問題回避の労力が増える可能性が高くなります。

一方、STPシステムの「シールド」はPHYとPCBコネクタ間、またはその他のコンポーネントのバランスの欠陥などでデバイスから直接発生するコモンモードの放射を減衰させることができます。

一般的にSTPシステムは、バランスの取れた伝送線路とシールドの組み合わせによりEMCマージンを向上させるため、車載用途の1000BASE-T1リンクにおいては、STPケーブルを使用することが望ましいと言えます。

業界動向と市場トレンド

 車載イーサネットの普及拡大|従来技術からの移行と市場の加速

近年の自動車産業では、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転技術の進化に伴い、車載ネットワークの要求仕様が大幅に向上しています。

従来のCAN(Controller Area Network)、FlexRay、MOST(Media Oriented Systems Transport)などのプロトコルでは、センサー・カメラ・ECU間のリアルタイム大容量通信の処理が困難になりつつあります。

特に、欧州・北米の自動車メーカー(OEM)では、車載イーサネットの標準搭載が進行中であり、アジア市場でも普及が加速しています。

 車載イーサネットは、今後のEV・ADAS・自動運転技術のコアネットワークとして不可欠な存在になっております。

 10GBASE-T1の導入加速

 ADAS・自動運転技術の進化により、10Gbpsの超高速通信が求められ、10GBASE-T1の導入が進行中です。

 10GBASE-T1の必要性

 ・高解像度カメラ・LiDAR・レーダーなど、マルチセンサーデータの統合処理が必要
 ・ 車両のOTA(Over-The-Air)アップデート、高速データロギング、クラウド接続のデータ転送量が増加
 ・ 複数のECU間で大容量のリアルタイムデータを伝送するために、10Gbps以上の帯域幅が求められる

 10GBASE-T1に対応する最新技術

 ・ 高周波数対応のケーブル・コネクタの開発(H-MTD®など)
 ・ EMC(電磁適合性)対策の強化(STPケーブルの性能向上やSPPケーブルの開発)
 ・ マルチギガビット対応のスイッチング技術(2.5G/5G/10Gのハイブリッドネットワーク構成)

特に、10GBASE-T1に対応するH-MTD®コネクタは採用の更なる増加が見込まれており、将来的にはH-MTD®コネクタのインターフェースを使用したMulti-Gig Ethernet(25G)の導入も視野に入れ開発が進行しています。

まとめ

 車載イーサネットとは

従来のCANやFlexRayに代わり、大容量・高速・リアルタイム通信が求められる次世代車両に対応するネットワーク規格。
ADASや自動運転、インフォテインメントの通信基盤として標準化が進行中。

 特徴

 ・通信速度:100Mbps ~ 10Gbps以上(100BASE-T1~10GBASE-T1対応)

 ・物理層:1対のツイストペアケーブルで軽量・省スペース

 ・拡張性:通信帯域の拡張や複数プロトコルの統合が可能

 ケーブル・コネクタ選定ポイント

 コネクタのポイントまとめ

 1.高周波・将来拡張を見据えるなら → H-MTD®

 2.UTPのみで小型・低コスト重視なら → MTD®

 3.従来HSD資産を活かしたい場合 → HSD®t

 業界動向

 ・欧州、北米OEMを中心に車載イーサネットの採用拡大

 ・10GBASE-T1対応がADAS・自動運転車両で今後本格化

 ・車載イーサネットの標準コネクタとしてH-MTD®が世界的に普及中

コネクタ選定では、H-MTD®が最もバランスに優れた選択肢です。
STP/UTPの切替が可能で、長期的な標準化対応・将来のMulti-Gig Ethernetへの対応も視野に入れることができます。

設計段階では、コストと性能の最適バランスを考慮し、UTP・STPを使い分けつつ、必要に応じてH-MTD®の柔軟性を活かした設計を進めていただけると幸いです。

監修者

1990年~車載アンテナメーカーである株式会社ヨコオに入社。衛星通信機器の電気設計及びセラミックアンテナ及びフィルターの設計に従事し、その後車載通信機器事業部の電気設計管理職となり主に車載アンテナの開発を遂行。2018年~高周波コネクタ製品のトップシェアメーカーであるローゼンバーガーの日本法人であるローゼンバーガー・オートモーティブ・ジャパン合同会社に転職し、車載通信機器の開発で培った知識を生かし、マネージャーとして各OEM及びTier1へ製品の市場導入サポートを行っています。

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